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Biography
・12歳
TMNのNights of the KnifeのPVを見て鍵盤演奏の格好良さに惚れる。自宅にあったCASIOのキーボードで弾き真似や耳コピなどして遊ぶ。この頃から本気で音楽家になる事を志す。
・14歳
兄が友人から買ったYAMAHA DX21を触り感動し、なお耳コピに励む
・15歳
中学卒業と同時に念願だったYAMAHA EOS B900を買ってもらい、打ち込みを見様見真似で始める。
・16〜18歳
TM NETWORKや坂本龍一、浅倉大介の曲などの打ち込みや鍵盤演奏に没頭。かたや友人達のヴィジュアル系コピーバンドなどのサポートをする。18歳の夏に友人の父親が働くレストランで初めて主催イベントを開催する。
・18〜20歳
高校卒業後ミュージックカレッジ メーザーハウスに入学。この頃から本格的にオリジナル曲を作り出す。学校ではMotu社のDigital Perfomerを使っていたが全く使いこなせず、結局在籍中2年間はEOSに全て打ち込み外部シンセと同期して曲を作っていた。
・20歳
祖母から借金をしてようやくMacを購入。その他オーディオi/O、Digital Perfomerなども購入。
・20歳〜25歳
メーザーを卒業してすぐに、友人に着メロのコンバート仕事やデータ制作、カラオケのデータ制作などの仕事を紹介してもらい励む。並行してひょんな事からとあるインディーズレーベルと出会い作曲や編曲の仕事を受注する。20代前半で音楽のみで生活出来るようになってしまい、この日々が延々続くと調子に乗り続けてしまう。しかしそんな傲慢な気持ちと反比例するかのように仕事が落ち込んでいく。
・25歳〜31歳
このままではいけないとClub Musicを主体に独自解釈での「和」を融合させたアルバム「Starting Point」「四季彩Trippin'」を制作、MySpaceにアップしていたところ某有名クラブ直営レーベルから声をかけてもらい、DJ、海外のクラブ系レーベル、ディストリビューターなどから良くも悪くも色々な評価を受ける。世界リリースの話も進んだが自己資金面など悪状況により結局リリースするチャンスを逃す。
並行して飲食店でのアルバイト中心の生活になる。本気で調理人になる事も考えていた。
・32歳〜現在
一念発起し、自主レーベル「Kura On(蔵音)」立ち上げ、1枚のフルアルバムとセッションアルバムをリリース。交流会などにも参加し、音楽自営の講座や、技術的な講座などを受講する。そんな中、知人からの紹介で現在の師匠である「イイジマケン」氏に出会い、楽曲制作やアレンジ、業界標準の設備、現場の何たるかを学ばせてもらいながら、アシスタント業務などをやりながら、色々な案件をこなしている。現在はProtools、StudioOneを中心に使用している。
2023年、共作曲共編曲で参加した作品がオリコンデイリー1位、2024年に共作曲共編曲で参加した作品がオリコンウイークリー3位になる。ようやく作曲家としてほんの少しは確立出来てきたかな、っと感じています。
人生の目的
何歳になっても挑戦出来る!
その挑戦しようとしている人たちの模範になれるように、常に先陣を切って突っ走っていく存在であり続ける
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